「日本の廃道」編集部附属のnagajisの日記。残念ながら謝罪文例はありません。
※スパム除けのため、URLを含むツッコミは受け付けておりません。堪忍。
すでに元は取れているとはいえ、残したまんまで夏を終えるのは流儀に反するので。お願いですから石投げないでください。廃道本もORJもちゃんと進めますから。撮影旅行ですから。(差し替えろとは言われてないけど)
現在TUKA氏岩城街道、旧橋、OFF報告をUP済。北摂線描は・・・スミマセンまた無理っぽいですorz。しんみりする秋頃にしましょうよ、てのはダメですか。
戸倉は思ったより小さくなった。4カ月も寝かせているとさすがに細部を思い出せなくなるが無理やり書き足して完了。最初にあらかた書いておいて正解だった。
かなり煽り立てて書いているのでnagajis嫌いな方には合わないと思ふ。が、これ以上のネタは(nagajisの口からは)もうしばらく出ないと思って辛抱して下され>各位
そういえば戸倉って29号線なんだよな。いまごろ気付いた。
9月の連休中に何かをしたいと思っているうちにどんどん時間が過ぎていく。18、19も廃道本の校正でつぶれるかも知れない。10月の体育の日辺りがねらい目か...と思ったらOBらんがこの辺りだったっけ。
調子に乗って山王谷林鉄など行って見たい気がする。前回沢川で「約束の地」という言葉を使いたくて仕方なかったが、本来は山王谷林鉄のためにあるような言葉だから遠慮した。しかし行こうとなると非常に遠い・・・。自転車では特に。辰巳峠なんて何年前の話やねん状態だしな。
無理だったら鳴川山。これならアクセスも(まだ)容易。ついでに伯母峰明治道とかさ。ともかくまた野宿したい病が頭をもたげてきている。
粗悪な密造酒で三合(号)飲めば酔い潰れたことから「カストリ雑誌」とはいう。戦後間もなくの日本にはそんな粗悪な雑誌が満ち溢れていた。
そんなことはどうでもよくて、いや、ホントはORJもそんなカストリ雑誌にならないよう気をつけなきゃっていう話なんだけれども、その前にこの「カストリ雑誌」というものを頭に思い浮かべた時、必ずと言っていいほど連鎖的に
カストロ雑誌
という言葉が思い浮かばれては、なんというかこう、尻の辺りがむずむずする感じがする。
フィデル・アレハンドロ・カストロ・ルス。キューバ共和国の前国家元首であり、政治家、革命家、軍人。弁護士でもあり元アマチュア野球選手でもある社会主義者。彼のことしか書かれていない雑誌。
果たしてそんなニッチな雑誌が3号続くのだろうか。いや、カストロ前議長なだけにそういう雑誌がありそうな気もする。何しろ日本にだって同じような個人崇拝の雑誌が、しかも3号以上続いているしな(ナニとは言わないが)。ORJだってニッチの究極型だ。
で、人の性(さが)として、まん中の2文字を入れ替えてみたくなる。意識や思考の連鎖というものは得てしてそんな下の方向へ、原初の笑いへと向かうのが普通である(などと書いて自己を正当化しておく)。以上、たったそれだけの駄文。カストロ議長万歳。
本題に戻って、たった3号でもいいから雑誌を作ろうとし、また一応は売れていたのだから、戦後の人々はよほど情報に飢えていたのだろうと思う。情報の価値は今以上に高かったとも言えるかも知れない。
そんなこんなで戦後日本を席巻したカストリ雑誌も長続きせず、生き残った雑誌も、最近になって次々と休刊している。雑誌の愛読者ではないnagajisも少し考えざるを得ない。情報を売る、という行為がどこまで通用するものか。
インターネットの普及で情報がタダになったから役目を終えた、というのはよく言われそうなことだ。しかし実は、人々はもともと情報ではなく、情報のやりとりを通したコミュニケーションに飢えていただけで、その媒体として雑誌を買っていただけだったのではないか、と思ったりする。どこかで誰かとつながっている感じさえすればよく、そのためには携帯電話が究極のアイテムとして君臨する今日だ。よほど内容を盛り沢山にして情報の価値を高めるか、それとも消費されることを使命とする、それこそカストロリ雑誌のようなものでなければ生き残れないのかも知れぬ。作る側にしてみればどちらであっても辛い。よほどの使命感か自身のテンションがなければ、あるいは正反対によほど投げやりでなければ続かないだろう。